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港にて

***** ***** ***** ***** *****







 蟹、蟹蟹蟹、蟹…

 持ち上げられた鉄製の箱から、下の木箱へ、ぼとっぼとっと、蟹が降ってくる。
 着地した蟹、仲間達の上で泡を吹き、大きく立派な鋏を振り上げる蟹。

 その上に、また、蟹が降る。

 蟹、
 蟹蟹っ、蟹、

 蟹蟹蟹蟹蟹かにかにかにかにかに!!!


 鋏の蟹は、あっという間に見えなくなった。


 新たに積まれた蟹の山から、トツッ、トツッと二匹、蟹が零れ落ちた。ひっくり返った蟹達が、腹に詰まった八つの足を、二本目、五本目、一本目、八本目と交互にゆっくりと、わさわさ動か―――

「いやぁあああ!もう!!そこで落ちんな!こっちに来んっ!なぁ゛っ!!」

―――している所を、グリア族の少女、ナターシャが靴の端で容赦無く蹴り飛ばす―――





「姉ちゃん!!これ売り物だから!お、怒られるって!!」
「構うか!!蟹も海老も虫も、足が六つ以上の連中は我が視界に入る事一切許さーん!!」
「ちょっとぉ!!?」

 姉の攻撃から庇うべく、ネフィシスが落ちた蟹の甲を慌てて掴み上げた。幸い、あの蹴りを喰らいはしても弱ってはいない様で、二匹とも泡を吹いたり鋏を振り上げたりして、元気に威嚇している。ネフィシスはほうっ、と安堵の息をついた。








 グリアの姉弟は、バクーバの南端、二つの大河の合流地点にある港に来ていた。

 バクーバ随一の規模を誇るこの港は、内陸からは、公国の要所シリルやスプロムの帆船、外海からは各大陸の大型船が寄港する、まさに文化の交流地点だ。だが、ここで交錯するのは、何も各方面からの人や荷物だけではない。
 西の大河は、雪解け水を含んだ冷たい水を、東の大河は砂漠の岩石地帯を駆け巡ってきた温かい水を、それぞれ運んでくる。それらもまた、この地で合流するのだ。大河沿いの一帯が豊かな漁場となっている事は、その水を瓶で一掬いするだけで、沢山の“アミ”を収める事が出来る事からも、容易に見て取れる。

 こうした理由から、貨物船だけでなく漁船もまた、この港で錨を降ろしていく。汽笛も引っ切り無しに響き渡り、また従業員の大半がモーグリの為、クポクポ声がそこかしこから上がったりと、中々に騒がしい。



 そんな声を張り上げねば互いの声も聞こえない様な騒々しさの中、この人と荷物と海産物だらけの港の天井に、

 どどーんと劇団宣伝用の垂れ幕を置かせて貰おう!!

と立ち寄ったのが、グリアの姉弟だ。その意気込みが通じたのか、無事許可を得る事が出来た…までは良かったのだが。





「無理!下を見たら見渡す限り奴らがいるとか無理!!ネフィシス、たまにはあんたが飛んでってかけてきなさいよ。」

 ここでナターシャの蟹、いや、多脚類嫌いが災いした。普段であれば、「じゃ、行ってくる。」と彼女が垂れ幕を持って飛んで行き、下で見ているネフィシスが、「もっと、右!」と補佐する事で、二人で五分と掛けずに済ませてきた作業である。
 だが、今日は事情が違った。先程から、次々と水揚げされた蟹や海老が、木箱に入れられてどんどん並べられているのだ。二人が港についたばかりの時はまだ、魚の扱いが中心だったのだが、交渉を終えいざ飾ろうとして、突如目前に広がったのが、この活きの良い蟹の群れである。
 もうまさしく、ナターシャにとって、これ程質の悪い嫌がらせはないだろう、という規模で。


「ええ、俺飛べないし…。」
「ここの人みんなモーグリだし、高い所上る用の梯子位あるでしょ?借りてきなさいよ。」
「高い所行きたくないなぁ。」
「だったら下見なきゃいいでしょー。」

 それは姉ちゃんもだろ、ネフィシスは口に出さずに突っ込む。

「ぐだぐだ言ってないで、早くしなさい。お昼のタイミング逃しちゃうじゃない。」
「…だって俺、今両手が蟹で塞がっているしさー。」

 ネフィシスは口を尖らせて、垂れ幕を突き出すナターシャの眼先に、腹側を向けて蟹を突き出した。わさわさと空を掻く、蟹の足。少女の表情が、強張る。

「そうそう、姉ちゃんさ、蟹の雄と雌の見分け方知ってる?船に乗っていた頃にカロンに教えて貰ったんだけどね、腹の甲羅が狭い方が…」
「…わざとやってるでしょあんた。」




 ―――勿論である。
 え、何が?とネフィシスは如何にも無害そうな笑顔で嘯いた。弟の態度に、姉の怒りはついにクライマックスを迎える。


「さっさとそいつら戻して、仕事しやがれーーーーっ!!!」

 棍棒を振り上げ、ナターシャが吼えた。竜人の名を冠する、グリア族渾身の咆哮、船の汽笛をかき消して、響き渡っていく怒声。

「クポポッ!?」
「クポクポ!?」
「クポ、クッポポー!!!」

 従業員達の間からも、動揺と悲鳴の声が次々と上がる。




(…やっべ!)

 ドラゴンもかくや、そのあまりの迫力に少年は首を竦めた。こうなったら、みぞれや熱線の降り注がぬ内に、逃走するに限る。


「劇団Iris名子役ネフィシス!梯子、借りてきまーす!!従業員の皆さん、休暇は是非、ご家族で劇場に足をお運びくださーい!!では!!!」


 宣伝、敬礼、回れ右!そして、

(ずらかれネフィシス!!海賊時代を思い出せ!!)

ネフィシスは、脱兎の如く駆け出した。
 まともに使っていない翼の筋肉は落ちきっているが、その分脚力だけはどんなグリアよりも鍛えてきた自信がある。ヒュムやヴィエラより歩幅は狭いが、その分足を速く動かせば良い事は、世のモーグリのシーフ達が証明してくれている。


 少年は、自慢の足で、先行く蟹の木箱を追いかけた。

「姉ちゃんにはこの美味しさ、分からないのかなぁ。」

 ―――器用にも、両手の蟹を見つめながら。


 


 

















「…で、何でこうなるのよ。」

 不機嫌なナターシャの前には、赤く茹で上がり、ほくほくと湯気を立ち昇らせる蟹。その数、二杯。
 そう、ネフィシスが手にしていたあの蟹達である。

「最悪、まるで地獄絵図。」
「え、どこがっ!?天国にしか見えないけど。」
「ネフィシスあんたねぇ…っ!」
「だってモーグリさん達が持ってけって言うんだもん。いいじゃん、蟹なんてこの先も滅多に食べられないよ?きっと。姉ちゃんも食べなよ。」
「…いい。」


 蟹専用の肉掻きで、蟹の足を穿り返しているネフィシスを、正確にはその蟹を、ナターシャは見ようともしない。
 今彼らが居るのは、港内部の控室だ。普段は従業員や猟師達が食事をとるのに使うのだが、時間が微妙に遅かったからだろう、ネフィシス達を含め、今ここにいる四人を除いて、他に人影は無い。

 二人の横では、ネフィシスと同じ様に、エヴェレット、エステルの二人が蟹を食べている。グリア姉弟の二人だけでは回りきれない広さの為、劇団の中でも特に「客の眼も耳も捉えて離さぬ」と謳われるこの名優二名も、同じ港内の別の所を、こちらは小さな公演も交えて宣伝活動を済ませてきたところであった。

 最も、そこで二人に歓声を送った観衆が、今の彼らを見たらがっかりするかも知れない。ネフィシスは、ちらりと横を盗み見る。


「…。」
「……!!」


 無言で、蟹の実を掻き出すエヴェレットに、まだ奥に実の詰まっている蟹の殻をこじ開けようとするエステル。お客の前では絶対に見せる事の無い、いや絶対に見せられない、彼ら本来の顔だ。
 皆、気楽な旅の身の上故、金も荷も必要最低限しか持ち歩かぬ身分である。色んな街を見て歩ける分、金銭的にも、時間的にも、あまり特産品を味わう余裕が無いのが現状だ。今日の宣伝活動も、水揚げされた高級食材を横目に流しつつ、近くの安いパブで、どこの街でも食べられる様なサンドイッチとサラダという、簡素な昼食をとる予定だった。

 そこに突然の、棚からぼた蟹。せっかくだから、一緒にどうですか?と蟹を見せた瞬間に、先輩俳優二人の眼の色が変わったのは、きっと見間違いではない。




 ―――そうだ、お二人だって、俳優である前に人間だ。


「………。」
「………!!」


 手と手が重なる、エヴェレットとエステル。熱く見つめ合う、二人。
 舞台上では、そのまま唇がそっと重なる筈の、二人。





 ―――舞台上、では。





「…貰うよ。」
「…どうぞ。」
「はっはっはー、そちは修業が足りぬなエヴェレット!!」
「だぁあああ!!くっそぉおお………っ」

 悔し紛れに、肉掻きを握りしめた拳で机を打ち付け、顔を伏すエヴェレット。獲物を掴んだ手は僅かに、エステルがリードしていた。

 傍から見て惜しい事に、二人の手が重なったのは、宝石の上でも、階段の手摺の上でも、何でもない。身の詰まった蟹の大きな鋏の上だ。
 増して二人の恋人関係は劇の中に限られたもので、見つめ合う視線が熱かったのも、舞台のそれとでは意味が全く異なっている。




 ―――きっと誰でも、こうなるんだ。
 よし、今のは見なかった事にしよう、そうして無理やり、ネフィシスは自分を納得させた。


(あー、ここが控室で良かった。)

 ああ、海賊時代は、パンの様に沢山食べていたから、まさか蟹がこんなに高価で、こんなにも人の本性を暴く罪な食べ物だったなんて、思いもよらなかった。
 少年は一人、感傷に浸る。今となっては贅沢で輝かしい思い出だ。

 蟹は二杯、食べるのは四人。が、一人頭数に含まれないであろうという「暗黙の了解にして互いへの宣戦布告」といった様な、水面下でとんでもなく意地汚い計算がなされていた事を、恐らくはナターシャだけが、知らない。

(これに気付かない辺り、姉ちゃんも純粋だよねー…。)

 だが場の空気はどうあれ、せっかくのご馳走を、姉にも食べて欲しい気持ちに変わりは無い。


「姉ちゃん、もしかして形になっていなければ食べられんの?」

 一連の思考を吹っ切ってネフィシスが尋ねると、

「知らないわよ、気持ち悪くて料理した事無いもの。」

ナターシャがぽつり、と返した。



「ナターシャちゃん、さっきから気になっていたんだけど…蟹嫌いなの?」

 片方の耳をナターシャの方へ向け、エステルが顔を上げる。その手には、すっかり殻だけになった鋏が握られていた。気になっていた割に敢えて勧めず放置する辺り、このヴィエラも策士である。

「足が、だめ。虫みたい。」
「足ねぇ…」

 皿の上、まだ残る一杯の胴をひっくり返し、まぁそう考えると確かに気持ち悪いかもね、と言ったのは仮面の青年、エヴェレットだ。

「じゃあそれ頂戴!」

 耳聡く蟹好きヴィエラが反応する。片方の耳をナターシャに向けたまま、もう片方の耳が、正面のエヴェレットを捉えていた。

「お、俺が駄目とは言ってないよ!!…思ったんだけど、足が苦手なだけだったらさ、これ持ち帰って、実だけ使って料理したら良いんじゃないかな。セディ辺り、グラタン得意だし、きっと美味しく作ってくれるよ。そうしたら、皆で食べられるしさ。どう、ナターシャ?」
「…はい。」


 ナターシャが、まごまごと答えている。おやおや、とネフィシスは姉の赤い頬を見やった。

 ―――これは良いからかい材料が出来たかも知れない。

 先の失敗の反省など、とっくに忘れたネフィシスである。



 同じくナターシャの様子を見、しかしそれを誤解したエヴェレットが、やっぱり駄目?と小首を傾げたその時、

「皆で食べる!!エヴェレット、それ名案!!自分散々食べてから言ってくれるじゃあないか、よ!伊達男!!にくいねぇ。」

エステルの鋭い突っ込みが、飛んだ。

(でもエステルさんの前にも、殻の山が…あるよね?)
 半ば信じられない様な気持ちで、少年はエステルを見やった。



「しょうがないだろ、半端に残したら二杯あったのバレちゃうし。」

 こちらはこちらで、腕を組んで開き直っている。

(す、すげぇ、格好つけているのに格好悪さが半端じゃない。)
 ネフィシスの頬を、変な汗が伝う。



「ああ、確かに!蟹だけに。エヴェレット、君は正しい。」
「そうでしょうエステルさん、そうでしょうとも。それでは、これは持ち帰りましょう。」

 エヴェレットが、蟹を袋に詰めた。

「………あれ、ひょっとしてボケ殺し?」
「鋏の件のお返し、の可能性大です。さ、帰ろうか、ミーティングに遅れちゃうよ。」
「畜生やるなエヴェラット……そうだね。ネフィシス、ナターシャちゃん、帰ろ?」

(仮面の大鼠?や、それ可愛いけど絵的にあんまり嬉しくない様な……)



 考え込む少年の横で、エヴェレットが席を立ち、エステルがそれに続く気配がした。


「どうしたのネフィシス?早く帰らないと、グリムと練習もあるんでしょ?」
「………え、ええと。」

 姉を促し、自分もおずおずと立ち上がりながら、ネフィシスは控室の出入り口で待っている、先輩二人の顔を見比べた。




 ―――まず俺、一体どっから突っ込めば良いですかね?




 エヴェレットとエステルは、互いの顔を見合わせる。
 結果返ってきた返答は、「どこからだろう?」という、疑問に対する疑問であった。








***** ***** ***** ***** *****







 この話の中で、一体いくつの「蟹」を打ったろうか。
 ああ、蟹が食べたい。















 

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