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窓の向こうでは、雪が流れる様に降っている。
反対側に目を向ければ、今し方心配して様子を見に来た友が、夕食を持って来ると出て行った扉が目に映った。
その中央―――鏡に映される寝台の上の己を見つめ、これでは下に降りて行けまいと彼は苦笑した。
そこに居たのは、確かに髪を下ろした自分であり―――普通のヒュムには無い、妖しい程の艶やかさを放つ半魔だった。静かにため息を洩らした口の両脇からは、小さな牙も見える。
視線を下に下ろせば、白く細い指先に鋭く光る爪。
先程必死で洗った筈だが、その手に染み付いた鉄の匂いが、嗅覚の鋭くなっている今の彼には嫌でも鼻についてしまう。
この手で引き裂いたのが、人ではなくて本当に良かった。
無論、相手が魔獣であっても、正気に戻った時に胸に覚える痛みに変わりは無かった。それでも、自分も相手も獣であれば、まだ良い。相手に対する敵意への理由も、命が奪われる間際の後悔も、互いに”今を”、”自分を”生きる獣の心であれば、考えなくて済む。
だが、自分はこのまま、いつか”人”を殺めてしまうのではなかろうか。その大切な家族や友を奪ってしまうのではないだろうか。それが恐ろしくて堪らない。
一体、こんな事がいつまで続くのか。
その繰り返しから逃れる術を知りたくとも、教えてくれる者は誰も居ない。
―――恐い
寝台の上で、半魔―――ドメニコは震える己の両腕をきつく抱きかかえた。
・・・もう何度もやっている事だ、今更考えても仕方ない。
小さく頭を振って伸びをした彼は、獣に咬まれた右腕の傷口を静かに舐めた。この姿でいる時は、感覚もこの身の血に半分流れている獣のものになるらしい。ヒトである時にはまずやらない行動だが、今の彼はこうする事で、高ぶった気持ちを落ち着かせる事が出来る。
「グルグルグルグル・・・」
ジリジリとした傷の痛みが少しずつ治まってくる喜びに、青年の喉が鳴り始め、その声は降り積もる雪が音を吸取って、シンと静まり返っていた部屋に小さく木霊した。
―――じゃあベントン、しっかり見張っててよ?
その時、ふと聞こえてきた声に顔を上げると、純白のシャツに青いズボンを着た少年が一人、部屋に忍び足で入ってくる所だった。
言葉も無く見つめるドメニコに気付いたのだろうか、
誰かいるの?
こちらを見た少年と目が合い―――そんなつもりも無かったのに、ドメニコは己の内から、小首を傾げた少年に応えて響く、微かな鳴き声を聞いた。
なぁんだ、ミィか―――
「あ・・・。」
驚かさないでよ、と笑う少年の姿が薄まっていく。
「・・・。」
呆然としたまま、魔獣の子を抱き上げる影が消えていくのを、ただ眺めていた。それが白昼夢であった事に気付いたのは、少し時間が経った後だ。
「ふふっ・・・」
友には慣れた慣れたと言い張りながら、結局自分は、たった一日の過去に囚われたまま何一つ変えられずに此処まで来てしまったのか。
「ドウシ・・・ナァ。」
まだ上手く発音出来るまで回復していない喉から絞り出される、グルグルという唸り声に雑じった小さな叫び。
大して良い思い出でもない筈だが、こういう時は否応無しに思い出される、あの日の記憶。
変わり果てた己の手を物憂げに見つめる青年の意識は、遠く、九年前へと遡っていった。
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後書き
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