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(5)← Ⅱ.眠れぬ獅子に捧ぐ祝宴(転章)


***** ***** ***** ***** *****




 あの戦いから数日―――
 

 


「うらぁっ!!」

 怒声と共に放たれたチェルニーの重い一撃、それを剣の柄に近い部分で受け止め、受け流す。
 痺れとなって腕を伝うその衝撃に、ベントンは軽く顔をしかめながらも、反撃に転じた。

「!!」

 不意に沈んだベントンの体に、チェルニーは反射的に地面を蹴り、後方に引いた。その直後、さっきまで闘士の足があった部分を、白銀の剣が拭っていく。

 足を刈りに来たか…。

 チェルニーは、両手の得物を持ち直した。今まで使ってきた大剣とは軽さも扱いも異なる、やや大きめの二本のブレード。柄に巻かれているのがやや擦り切れた古い布なのは、その方が汗ばんだ節だらけの手によく馴染むからだ。

 


「あいつ、すぐ慣れやがった…おっそろし。」

 そんな二人の練習試合を横で見ていたワイリーに、同じ様に眺めていたエメットが頷いた。

「元々大剣に合わせて育った様な体をしているからな、武器の重さは気にならんのだろう…技術的な部分が荒削りでも、振り回す分には十分だ。」

 そして、その闘士自身も形式に捕らわれない戦い方を好んでいる。一方、ベントンは力押しよりも、力の入れ具合や受け流しと言った、一つの流儀に沿った安定的な戦いをする。

 力と技術、攻と防。対峙した二人の剣士の”スタイル”は、面白い程対局にあった。それだけに本人達も面白いのか、ベントンの傷が癒えてからというもの、二人の試合は毎朝の様に行われている。
 そしてそれを眺めるのが、少年達の休日の日課になっていた。

 



「おめぇらー!決着ついてねーとこ悪いんだけどよ、そろそろ飯にしようぜ。」
「飯!?」

 ワイリーの飯の一言に、チェルニーが、真っ先に反応する。

「お前…そこだけは妙に食いつきが良いのな。」

 そのあまりの素早さに呆れるワイリーの元に、ベントンも剣を収め、ゆっくりと歩み寄ってきた。

「飯さ行ぐ前に、汗っこ流しテも良ガ?」

 先程まで張り詰めていた場の空気が一転、ひどく緩やかなものとなる瞬間だ。

 

「ああ、まだ時間あるから行って来いよ。…そういやチェルニー、」
「あ?」
「お前さ、どうして大剣じゃなくてブレードにしたんだ?」

 ベントンが頷いてその場を去った後、ワイリーは気になっていた疑問を闘士にぶつけた。

 


 クラン加入後も大剣を使い続けるのかと思われた闘士は、最初に請け負った仕事―――しかもベヒーモスを一人で退けるという荒技に出て、メンバーの肝を冷やさせると同時に驚かせた―――の報酬で、何故か得物をブレードに買い換えたのだ。

 


 デカイ剣の方が性には合ってんだけどよ

と、闘士は言う。無法地帯で、野生のままに生きてきたが故の、そのチェルニーの語彙の少なさをエメットが補って考えるに、

 ―――チェルニー本人は、自分はまだまだ強くなれると思っているが、「力」の上ではもうこれ以上伸びる幅が無い域にまで実力が達している事を感じた―――らしいのだ。

 素手でさえ殴られたらたやすく骨が砕ける程の、チェルニーのその破壊力を、余す事無く発揮させてきたのが、あの大剣である。まさしくサイクロプスに金棒、その力の前に、正面から挑んでかなう者は早々居ないだろう。
 現に、二日程前に挑んだクエストで、この闘士は、ベヒーモス相手にたった一人で、大立ち回りを演じ見事倒して見せた。

 相手が人であれ魔獣であれ、全戦全勝の戦士―――

 


(時と場所が異なれば、その名が載るのは賞金首の張り紙ではなく、神話の中の英雄譚だったかも知れんな。)

 向かう所敵無し、互いに叩き潰す事を前提とした力のぶつかり合いであれば、尚。
 勿論、無法地帯―――ヤクト育ちのチェルニーの事だ、気配や不意打ちの類にはかなり聡く、そこで遅れを取る事は全く無い。

(だが…)

 そこに、チェルニーにとってたった一人の例外が現れた。

 

 エメットは、流れる思考の一部ずつを掻い摘んでワイリーに話しながら、先日その盗賊と闘士が暴れ回った石畳の路地を見やる。
 所々に亀裂やめくれ上がった破片の見える、まだ破壊の跡の著しい道。

「お前との戦いで何か考える事があったんじゃないか?」
「俺?なぁ、チェルニー、お前何考えたんだ?」

 不思議そうに訊ねるワイリーに、チェルニーは首を竦めた。

「俺には強くなることしか頭にねーし、そこまで難しいこた考えてねぇよ。ま、聞いた感じそいつの言っている事で、大体あってる。俺説明苦手だから任せるわ。」
「お前、自分の事だろ、チェルニー…」

 


 ヤクトの獅子と謳われた、その破壊力をもってさえ、倒せない相手が居た。

 力では、相手は自分にはかなわない事も、また、相手は自分に力で勝った訳ではない事も、チェルニーは悟ったのだ。
 そして、敢えて慣れた大剣を手放し、ブレードを手に取った―――
 


「次戦ったらお前、チェルニーに負けるかもしれんぞ。」
「はぁ?どういう意味だよ。」

 チェルニーの口元に、笑みが広がる。

「期待して待ってろ、って意味だ。」
「もう良いって…」

 チェルニーが浮かべる嬉しそうな顔とは対照的に、ワイリーはげんなりした顔を浮かべた。


 一時的に見れば、闘士にとって、それは己の弱体化に他ならない。第三者であるワイリー達から見てもそうだ。だからこそ、ワイリーは疑問に思ったのだ。
 だが、チェルニーはブレードに持ち換えて以降の数日間で、試行錯誤を繰り返しながらも、確かに成長している。無論、力押しのスタイル自体を根本から変える気はないらしい。長く付き合ってきた性に合う戦い方を通す事は、その戦士の命を繋げる事にもなるから、それは正しい判断と言えるだろう。
 しかし、そういった根本の在り方を変える事無く、チェルニーはより強くなろうとしている。以前は振り回して圧倒していただけの「破壊力」を、ベントンとの練習試合を通じて、「技」をも兼ね備えたものへと磨き上げつつあった。
 

「二人で遊ぶ分には全く構わないが、暴れるならせめて、闘技場かどこかにしてくれ、町中は困る。」
「へーへー、気をつけますー。」
「この…っ!」
「俺だけのせいじゃねーだろ!!」
「ああそうだ、だがなっ、…プリズン送りの代わり、あいつを仲間に引き込む条件を騎士団に提示したのはお前だろう…っ!!」

 エメットは、やや声のトーンを落とした。それでも恐らくは聞こえているのだろうが、闘士はあまり気にした様子が無く、欠伸をしている。
 最初はシーフから又聞きしただけだった為、「報酬は要らない変わりに首の鈴を外す」という事以外にエメットは詳しくは知らなかったのだが、どうやらチェルニーが自ら加入する意思を示す前から、ワイリーはチェルニーをクランに招く計画をしていたらしい。本人が加入を断るなら、シリルの市民権を与えてやってくれ、という話も依頼主であるプリズン騎士団側との間で挙がっていた様だ。

 悔しいが、二重に感心させられたのは、認めざるを得ない。

 

「良いじゃん、結果的に成功しているし。」
「この先、気をつけろと言っている。大事な依頼人達の家も壊す気か!?」
「あーもー、うるせー!」
 

 チェルニー達が破壊した路地には住民からの苦情も相次いだ。修理費は賞金首を抱えたちまきクランに負担が回され、メンバーの頭痛の種になっていた。
 しかもたった一人、けろっとしているのが当の破壊神本人ときている。

 救いだったのは、チェルニーがギルにあまり興味が無い事だろうか。食べられて体さえ動かせていれば良いらしく、稼いだ報奨金は、まるっと会計係であるモンブランに投げているらしい。おかげで、闘士にその気があっても無くても、形の上では、チェルニーは自分で壊した路地を弁償している事になっていた。
 道は、近い内に元あった姿に戻れそうである。

 

 

「なぁ、お前。スプロムの場所分かるか?」

 まるで人事の様に、ワイリーとエメットの言い争いを聞いていた火種メーカー・チェルニーが、唐突にワイリーに問うた。

「状況見ろよ、取り込み中だ…ってーなこのやろっ!!」

 自分の頬を思い切り抓り上げたエメットの腕を、思い切り払い除けた所で、一応は試合終了したらしい。休戦とも言えるし、持ち込みとも言えるが。

「スプロムなら、こっからそんなに遠くないぜ?徒歩でも二日くらいだけどよ。何だ?あんなとこに用事か?元賞金首さんが?」

 睨み合いを徐々に解きながら、ワイリー達はチェルニーに向き直った。闘士は、鞘に収めたブレードの重さを量る様に、片手で弄んでいる。

「あー、まぁ大した用事じゃねぇ。約束違えちまったしさ、あいつらに謝っておきたいだけだ。」

 あいつら―――ヤクト・アーリーで襲撃してきた連中の事だろう、と容易に察しはついた。

「そういう事なら付き合うぜ。暫く暇だしな。ベントンは…明日クエストあるんだっけか、んじゃ駄目だな。エメット、お前来いよ。」

 俺は暇じゃない、と顔を顰めるエメットに、あそっか、とワイリーはポンッと手を打った。

「スプロムまでは街道で繋がってるもんな。野営当番さんは”用無し”かー、いやーうっかりしてたぜ。」
「…行く。」

 俺はサバイバル要員か。
 むきになって答えた後で、それが罠だった事に気付き、舌打ちする。

「おっしゃ、んじゃさっさと飯食いに行って、支度するぞー。」

 考えたら、スプロムに行くのも随分と久しぶりだ。
 うっかりロウを破ってしまうメンバーが、少ないからかも知れない…これから先は、分からないが。


「ワイリー、お前随分回りくどいんだな。」
「結構単純な癖に、こーでも言わねーと、絶対俺からの話にYESと答えないんだよ。それとな、あいつの”俺は忙しい”は大抵”これから忙しくする予定”だから先回りすると良いぜ。」

 目を瞬かせているチェルニーに、ワイリーは笑って小声で言った。

 

 

 




 


 ―――赤茶色の巨大な一枚岩が、天を刺す様に聳え立っている。

 

 スプロムは、断崖の都だ。
 古くは、竜騎士たるバンガ達の城塞であり、今はイヴァリースの司法を司る中枢都市である。

 大気が乾いている事に加え、シリルの様に舞う砂も少ないからだろうか、その空は抜ける様に青い。
 その澄んだ暑い空を、時折、主を乗せた竜達が舞い、流線型の大きな影を轟音と共に人通りの少ない街道に落とした。


「別名、レッドカード街道な。」

 免罪期間が過ぎた者が解放された時、必ず通る事になる路をザッザッと踏みしめながら、ワイリー達はスプロムに入る門を目指していた。
 先からチラチラと周囲の目を気にしながらも、初めての地を訪れるチェルニーに、あれやこれやと解説しているワイリーの声を聞きながら、エメットは目を細めて空を見つめた。

「早く中に入りたいもんだ。」


 元々、空を舞う竜騎士達の都市だからだろう。道はお世辞にも立派とは言えず、精々、旅のチョコボが通れる様にと、小石を取り除いた程度の粗末な物だ。
 当然、シリルの様な魔法による保冷効果も、余計な装飾も無い。元々、「見栄えを気にする」というのはヒュム独自の文化なのだろう。ヒュム以外の種族の文化圏にも、美しい装飾等は存在するが、その大半は機能美から生まれた物だ。
 特に何の役にも立たない物を飾り立てて、眺めて喜ぶ―――イヴァリースで最も栄えている種族の、最も変わっている所かも知れなかった。

 だが、エメットが今回、この小旅行に渋々ながら乗ったのは、彼がそうした異文化の、無駄の無い美が好きだからだ。ここ、スプロムも、シリルの近くに在りながら、その異文化の風貌を色濃く残した街であった。


 その特徴は、何と言っても―――崖の中に広がる世界に在る。

 

 

「シリルからですか、訪問の理由は…プリズンでの面会ですね。滞在期間は明日まで…と。所で、そちらの方の荷物は?」

 青い肌のバンガの門番が、チェルニーの持っていた大きな袋包みを指した。
 シリルからずっと、闘士はこの包みを小脇に抱えて持ち歩いていた。

「ああこれ?届けもんだよ。中身はどこにでもある様な大剣だ。」

 ほい、とチェルニーは門番に中身を確認させる。

「ん?お前、あの剣武器屋にでも売んのか?」


 断崖絶壁の高さに見入っている―――振りをしているワイリーが、門番と闘士の方を振り返らないまま、聞いてきた。

「ああ、ま、そんな所だな。」

 おや、とエメットはチェルニーを見やった。何でも白黒つける気質らしい、この闘士が曖昧な返事を返すとは。
 だが、その表情は特に何かを企んでいる様でもなく堂々としていた、別段何か派手な事をしでかすつもりでも無いらしい。


「となると、この剣はスプロム内部に置いて行かれるのですね。」
「ああ。」
「ここでは武器の密輸入等は当然ながら禁止されております。よって、明日発たれる際には、必ずその剣の所在を示す書類をこちらにお持ちになって下さい。」
「書類?」
「ええ、武器屋でも鍛冶師でも商人でも、この街の武器に関わる者達は、公認の”印”を持ってます故、それを。」
「ん、分かった。」

 少し考えて、チェルニーは納得したのか頷いた。

 


「くれぐれも宜しくお願いしますね。でないと無理にでも持ち帰って頂く事になるので。それでは、ようこそ、スプロムへ。」

 門番が岩壁に備え付けられた小さなゲートを開く。普段から使う者があまり居ないのか、竜も通す程の巨大な門は閉じられており、ワイリー達は人が横に二人並んで通れるか位の道に通された。

 

「やっぱ岩ん中に入ると涼しいなー。流石に半日もかんかん照りの道は堪えるぜ。」

 外側と同じ赤茶色の岩肌は、尖った部分が無いように滑らかに削られており、細い天然の縞模様が時々緩やかなカーブを描きながら、横に流れていた。
 その岩壁を、等間隔に穴がくり貫かれ、そこに灯された蝋燭達が、来訪者が通る度、ちらちらと揺れている。


 その細い階段を下りながら、エメットは、片方の手で、壁の縞模様をなぞって行く。

「見た目は岩だが、正体は砂が固まったものだな。」

 チェルニーがどうやって固めたんだ!?と的外れな質問を返し、エメットは返事をせずに歩を進めた。
 後ろから聞こえてくる「なぁワイリー、糊か?」「あー…、そうかもな。」という声も、面倒なので聞こえなかった事にした。

「なぁ、さっきの話なんだけどさ、みつゆにゅうって食えるのか?」

 闘士の、根本を分かっていなさそうな別の問いに、ワイリーが唸る声が聞こえた。聞こえていない振りは、間違った判断ではなかったらしい。
 そう言えば、先は「分かった。」と門番に答えていなかっただろうか、あれは本当に分かっていて承諾したのか、俄かに不安が募る。

「そこそこ食えると思うぜ?…多分、チェルニーが考えてんのとは違う意味で。」
「おい、ここで滅多な事は言うな。」
「はいよ、ってエメット、おめーさっきからちゃんと聞いてんじゃねーか。」
「…。」
「今更無視決め込んでも無駄だぜ、おいチェルニー、今度から分かんない事は”物知りエメットさん”に聞けよー?」
「こいつ、」

 あわや取っ組み合いになるか、という所で、二人は背後からの”威圧感”を感じた。

「おい、邪魔だぞ。こっから蹴落としていいならいつまでもやってろ。」

 流石にどこか鈍い闘士も、自分が押し付け合いの対象になっているのは薄々ながら察したらしい。
 腕を組み、不機嫌に白けた視線を向けてくるチェルニーに、二人は竦み上がって先を急いだ。

 

 

 


「よっしゃ着いた!!」

 細い通路を抜け、一行が目にしたのは、先の大門へと続いている広い空間だ。
 天井の高い大通りと、その通りの両脇に、やはり岩肌を刳り貫くようにして作られた、酒場や土産物屋の数々が飛び込んでくる。

 赤茶の空間に、主となっている松明や蝋燭の赤い光が反射して、通りも街も、常に明る過ぎず、暗過ぎず、落ち着いた夕暮れ色に揺らいでいた。そして、丁度通りの中央と思われる位置に、真上から、白く明るい外の光が降り注いでいた。どうやら吹き抜けになっている様だ。
 シリルとは住民を構成している種族も異なり、ひんやりとした空間に反響するのは、その大半がバンガの低い声だ。多くが、都の守護や竜騎士の末裔なのか、鎧を纏っている。


「さて、んじゃまずはプリズン…の前に今夜の宿探しか。どうした、チェルニー。」

 ワイリーが振り返ると、チェルニーは、店と通りの間を流れる細い水路に、手を突っ込んでいる―――と、何かを掴んで取り出した。
 薄い水色をしたそれは、チェルニーの節だらけの手の上で、ビタビタと跳ねている。

「魚か?」
「…こいつ、目が無い。」

 狩人が、チェルニーと魚の方をちらり、と見やったが、先の通路での経験から、余計な知識は黙っておく事にした様だ。
 代わりに、ワイリーがチェルニーの手の中を覗き込んだ。

「ほんとだ、ってかお前、こんなとこの魚によく気が付いたな。」
「いや、」

 闘士は、口をパクパクとさせた魚を見、興味を無くした様に水路に放った。
 文字通り、水を得た魚は慌てふためいて、群れへと帰って行く。


「食えるかなって思ったんだけどちっこ過ぎて。なぁ腹減った、宿の前に飯食わね?」

 

 






 

 

「これ、食い応えあんなー!」
「お前、どこ行っても結局肉しか食ってねーじゃん…」
「もっと静かに食えんのか…。」

 空腹の獅子は、放っておくと不機嫌になる。階段での一件も、どうやら空腹が影響していた様だ。
 秩序を重んじるスプロムで、一悶着起こすのは是非とも避けて頂きたい所だったので、一行はまず本人の要望通り、チェルニーの腹を満たす事を優先させた。

 選んだのは、あの大通りに連なる食事所の一つだ。三人が居るのは窓際だが、ガラスは無く、角の無い台形型の大きな穴が開けられているだけである。
 そしてそうした入り口や窓は、この店だけではなく、スプロムという街の施設に共通して見られる形状だった。元々、街自体が室内にある様なものだ、雨風が吹き込む心配が無かったからかも知れない。その気になれば、窓からいつでも出入りが出来そうだ。

 ただ、二階にある宿の各個室には、そうした環境に慣れない旅行者の為にか、一般的な木の扉と丸いガラス窓が取り付けられていた。
 伝統を繋いで来た町並みも、そうやって少しずつ、外の文化と溶け合っていくものなのだろう。

 

 

「スプロムに泊まんのは初めてだな~。」

 興奮が隠し切れない様子のワイリーだが、先程からどことなく落ち着かない様子でいるのは、恐らく別の理由からだ。
 エメットが彼の視線を追うと、時々窓の外を横切っていく”裁定者”達の姿があるのが、証拠である。

「…出歩くのは夜の方が良いかも知れん。この街なら、夜にジャッジの仕事になる様な試合も起こらんだろうからな。」
「悪ぃ…あんまここで顔を知られたくなくてさ。その…門番とこも、代表者やってくれて助かった。」
「気にするな。…夜まで部屋で寝るなりなんなりしていろ。」
「流石!エメットさん、頼れるー!!ついでにお土産も宜しくー。」
「『野営当番』を取り消すなら考えるだけは考えてやる。」

 んげ、根に持つんじゃねーよ、と顔を顰めたワイリー。
 が、窓の外を見た次の瞬間、一切の表情が消える。


「ふご?どふぉひは?」
「おい、馬鹿猿、腹でも冷やしたか。」

 暫く黙ったまま外を見ていたワイリーだったが、思い出した様に仲間の方を振り返った。
 そこに、いつものひょうきんな盗賊の姿は無い。

「ちょっと俺、早めに引っ込むわ。チェルニー、プリズンまではエメットと行ってくれ。」
「んぁ? 別に具合悪いなら、俺一人でもいいぞ?」
「お前、字も地図も読めないだろうが…」

 そう言って席を立つと、行きがけにエメットにだけ聞こえる様に、親父、と囁き、ワイリーは二階へと上がって行く。

「天才的な間の悪さ、か。」

 エメットの肩が大きく上がって、ストンッと下がった。

 

 



 

 夜になると、スプロムは昼間とはまた違った表情を見せる。
 吹き抜けからは、静かに月光が注ぎ、通りよりも店や住居といった穴倉―――建物、という言葉は全てが”くっ付いている”スプロムにはあまり似つかわしくない―――から零れる黄色い光が、暗く、青みを帯びた大通りをそっと、照らしていた。


 エメットとチェルニーの二人は、それらの灯りを頼りに、より明るい通路の端を歩きながら、スプロム上層のプリズンを目指した。
 街の一角にある鉄格子の門を通り、恐らく断崖の最も外側にあるのであろう長く緩やかな階段を上っていくに連れ、息を呑む様な景色が窓の外に広がっていく。

「やはり、よく出来ている。」

 空に近い場所に牢を設けたのは、囚人達の精神衛生面への配慮からだろう。
 独房の小さな窓から眼下に広がる雄大な荒野は、希望を持たせ、気分を晴れやかにするには持って来いな一方で、ロープを使っても降りていけそうにないその高さと、昼夜問わず周囲を飛び交う巡回の竜騎士達が、彼らに脱獄の意思を無くさせる。

「来た事があるんだな。」

 誰かに道を聞く事も無く歩を進めるエメットに、チェルニーはその確信を抱いたのだろう。

「…ああ、一度だけな。カードを切られて牢屋に一泊した事がある。」
「ふぅん、意外だな。」

 苦虫を噛み潰した様な顔で、エメットは背後の闘士を振り返った。

「下らん”しりとり”みたいなロウの日に、仲間に節介事を耳打ちしたら、あの仕打ちだ。捕まえた方にも同情されたがな。」

 馬鹿猿には言うなよ、と念を押すエメットに、んな事いつまでも覚えてられる頭してねぇよ、とチェルニーは笑った。

 

 


 


「やっと夕飯か…はぁ、しんどいな。」


 炉から取り出したばかりの、赤くドロドロに溶けた鉄を、鍛冶職人の言う通りに型に流し込み、また別の鉄鉱石を炉に入れる。
 また別の時には、追加の石炭を背負い、倉庫と炉を往復し…一度その口を開けば、目も開けていられない熱さの炉と一日中向き合ってようやく、牢に帰る事を許される。

 プリズンに送られてから、リロイは鍛冶職人の下で免罪の日々を続けている。顔を真っ黒に煤けさせて帰る生活から開放されるのは、後3ヶ月以上先だろう。


「リロイの方は大変なのクポ?クポポ、モグと一緒に銃の金具作りを選べば良かったクポ~。明日は新製品の試し撃ちにも参加するクポ!!」
「…そういう細けぇ仕事は、性に合ってねーんだよ。無性に頭が痒くなる。」
「クポ、チェルニーみたいな事言うクポ。」
「ん?俺がどうかしたか?」

 各個人の牢屋の前にある食事スペースで、遅い夕食をかき込んでいると、耳によく馴染んだ濁声が聞こえた。

「な、チェルニーお前…っ!」
「クポッ!?」

 驚いて顔を上げれば、これまたよく見慣れた小麦色の肌が映った。
 思わずリロイが取り落としたフォークを拾い上げ、元窃盗団のリーダーはそれを徐にロルフの皿にあったソーセージに突き刺した。勿論、その行き先は自分の口だ。

 カリッという良い音に続いて、ん、うめ、というもごもごした声。

「クポポ~…モグの楽しみが…」
「いやー、リロイの方はちょっとやつれている様に見えてよ。」

 そんなのから飯貰ったら悪いじゃん?と言いながら、ほら、半分返す、とロルフにハーフソーセージ付きのフォークを渡している。

 以前と全く変わらぬその様子に、リロイ達は苦笑した。お前ら、ちゃんと旨いモン食ってるじゃねーか、という言葉から察するに、どうやらチェルニーなりに心配していたらしい。


 豪快な程の快活さの中にそうした優しさを持っている闘士―――だから自分達はついてこれたのだ、彼女に。

 

「所で、お前なんでここに…まさか、あいつらに捕まったのか!?」

 チェルニーの背後、通路の入り口に腕を組んで持たれている狩人が目に入った瞬間、リロイは声を荒げて指差していた。立ち上がった勢いで、食卓が引っくり返らなかったのが幸いである。
 狩人の方は、明らかに迷惑そうな顔をしてそっぽを向いた。

「クポポ!モグ達はチェルニーの為ならいつでも暴れる準備は出来ているクポ!!」

 ロルフも続いて立ち上がった、どこかわくわくした様子で凶暴な笑みを浮かべる顔は、普段よく見るモーグリのそれとは程遠い。

「いんや、違う。捕まったんじゃなくて、腕を貸している。」
「クポ…?今なんて…」
「お前が?あいつらに?」

 信じられない、という空気が、リロイとロルフの間に漂っている。
 何者にも屈服せず、只、己が為に剣を振るう、全戦無敗の闘士。それが二人の知っていたチェルニーの姿だ。

「ああ。」
「なんで…っ!!」
「一本取られちまったんだよ、あいつにさ。」
「あいつ?」

 ほら、あのシーフにさ、とチェルニーは、それがさも楽しい事の様に語る。いや、チェルニー自身、実際楽しんでいるのだ、その状況を。

「…馬鹿な。」
「俺がお前らに嘘ついた事あるか?」
「いや、だが…。」

 リロイは、力無く狩人を指していた右手を下ろした。
 何かの痛みを堪える様に、その手が台の上に作った拳を見て、ただ一言、悪いな、とチェルニーが詫びる。

「今までそんなん居なかっただろ?面白そうだから、ついていってみる気になったんだよ。」
「チェルニーは、チェルニーはそれで良いクポ?」
「ああ、これで良い。」
「クポー、チェルニーの選んだ道なら応援するクポ、モグも一緒についていくクポ。内心ちょっと複雑だけど、クポー。」
「はは、どーもなロルフ。」
「でも悪いけどあのシーフは、モグ嫌いクポ。うっかり流れ弾が行くかも知れないクポ。」

 お前の冗談はキレがあるな、とチェルニーの大きな手が、ロルフの頭をわしわしと撫でた。モーグリのポンポンが嬉しそうに揺らぐ。
 最後にその白い頭をとんとん、と軽く叩いてから、闘士は未だ俯いたままのリロイに声をかけた。

「リロイ、」
「チェルニー…何故そこまで割り切れる。俺は悔しくて堪らないのに、何故お前は笑っていられるんだ。」
「…リロイ、聞け。俺がどうしてようが、”お前はまだその俺を超えていない”だろ、ぐだぐだ言わずにさっさとこっちを見ろ。」
「…っ!!」

 有無を言わさぬ低い声に打たれる様にして顔を上げれば、チェルニーがニヤリと笑みを浮かべた。恐れを知らぬ、王者の笑み。

「今日はな、お前に渡すモンがあって来た。ほら。」

 闘士が抱えていた包みの中から現れた、身の丈程もある大剣に、リロイは目を見張った。

「これ、お前の…っ!!」
「ああ。長い付き合いではあったんだけどよ、ちょっと別の物使ってみる気になってな。」

 どうせ手放すんならお前にやった方が、こいつも喜ぶんじゃないかと思ってさ、とチェルニーは続ける。

「だけどこれ、グラズ…お前の親父の大事な…」
「そうだな。大事なのは変わらねぇ、だからお前にやるんだ。」
「…?」
「持ってみるか?」

 ある淡い思いを抱いている相手の、その言葉の意味をしっかり考える間も無く、そらよ、と剣が放られた。その柄を受け止めるリロイ。
 その瞬間、右手が思い切り地面に引っ張られるのを感じた。

「…やっぱ重いんだな。」

 とても片手で支えられる様な重量ではない。
 よくこれだけの物を難なく振り回していたもんだと、目前の闘士と自分の力量差を改めて感じさせられる。

 それと同時に、チェルニーの言葉に少しでも期待を抱いた自分の甘さと、先程身を貫いて行った、先を越された、というあの少年への嫉妬をも―――

 ―――自分はまだ、彼女にとっては大切な”部下”の一人でしかないのだ

 

「刃は好きに鍛え直して良いぜ。入り口で聞いたが、お前、鍛冶職人とこで働いてんだろ?頼んだら見てくれんじゃねーか?」

 まぁ、どっちみちここを出るまではお預けみたいだが、ちゃんと預かってくれるらしいし?と闘士は両手を頭の後ろで組んだ。

「…。」
「リロイ、」

 言葉も無く、使い込まれた柄を手の中で滑らせていると、さっきよりいくらか柔らかいチェルニーの声が流れてきた。

「俺は、俺なりの方法でまた最強になってやろうと思う。だから、お前はまずその剣で、俺を超えてみるこった。」
「チェルニー…」
「まぁ、超えさせる気は全然ねーけどな。」
「そんなもん見りゃ分かる。全く、くそ重い剣寄越しやがって。」

 はははは、と豪快な笑い声が牢屋中に響き渡り、チェルニー、近所迷惑になるクポー!とロルフがおろおろと嗜め、リロイは苦笑を浮かべる。
 そこに、面会終了5分前です、という声がかかった。

「そんじゃ、そろそろ行くわ。いい加減ねみぃ。」
「ああ。免罪が終わったら会いに行くぜ。こいつと一緒にな。」
「おう、楽しみに待っててやるよ。」

 リロイが、大剣をチェルニーの手に返した。闘士は、やはり軽々と片腕でそれを担ぎ、振り返る事無く出て行った。


 一体、そうなるまでにどれ程の苦労と努力を重ねてきたのか。
 ただただ、その強さに憧れていたリロイは、剣の重みの残る掌を見つめ、いつしかそんな事を考えていた。

 

 





 


「結局、土産は無しかよ。」
「丸一日宿に引き篭もっていた奴が、贅沢言うな。大体、早く出る事になったのは、お前の都合だ。」
「ちぇっ。」

 プリズンから帰って早々、エメットもチェルニーもベッドに沈み、翌日は店を見るのもそこそこに発つ事になった。落ち着いて歩けない観光なら日を改めろ、というのはエメットの提案だ。
 大きな断崖は中々遠ざからないが、出て来た門は、今は大分小さく見える。

「で、結局大剣は渡してきたんだ、あのやろーに。」

 幸い、先日書類提出を求めてきた門番には、プリズンの方から「預かり物」という形で連絡が行っていたらしい。
 やはりチェルニーは途中から彼の言う事を理解していなかったらしく、ワイリーとエメットはそのプリズンの気遣いを有難く思ったものだ。

「ああ。だからその分色んなとこの飯食って帰ろうぜ。」
「繋がらないんですけど、全然前と後ろが繋がらないんですけど!!…のわっ!?」

 ―小さな発砲音
 次いで、チェルニーに突っ込みを入れるワイリーの横を何かが高速で通り過ぎ、地面にめり込んだ。

「何だ?」

 三人は鋭く、音がした方を振り返る。エメットのよく利く眼が、崖の街上部の小さな小窓で、何かがキラリと光り、引っ込んだのを捉えた。

「おいこれ、鉄砲の弾じゃね?」

 ワイリーが地面を踵で穿り返している。固まった土に刺さっている為、取り出すのは難儀そうだが、金色に鈍く光って見えるそれは確かに弾丸のものだ。

「そーいやぁ、ロルフの奴が明日はなんちゃら撃ちの日だーって騒いでんの、会いに行った時に聞いたな。」

 酷くあっさりした調子で、チェルニーが言う。

「…うっかり流れ弾をどっかのシーフに撃つかも、とも言っていたな。」

 無駄な補足をしたのは、エメットだ。

「は!?何で俺が、おいこらぁっ!!!」

 ワイリーは小窓に向かって拳を振り上げたが、この距離では声が届いているかも怪しい。

「また、面倒な奴に好かれたもんだな。」

 どうやらこっちの方も天才的らしい。エメットは、何度目かのため息をついて、来る時と変わらぬ真っ青な空を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







 同時刻、異なる場所にて。




 

 ―――今度こそは、と思っていた。薄々そうなるのではないかという恐れを胸の奥へと押し殺しながら。


「…そう、だめだったの。」

 その隠し込んだ恐れを、容赦なく風に晒す様に、知らせは、突然舞い込んだ。

「白魔道士共々、最善を尽くしましたが…誠に申し訳ありません。」
「いいよ、君のせいじゃない。」

 
 それは自分のせいで、起こるべくして起こったのだから。だから、どうか。

 誰も、自分自身を責めないで欲しい。


「葬儀の手配は既に済んでおります。いかがなさいますか。」

 出来るだけこちらを刺激しない様にという配慮だろう、やるべき事は事務的に、淡々と進められていく。その心遣いは有り難い、でも。

 今は誰か、今ここにいない誰かに縋って泣きたかった。

 

 ―――いや、今だからこそ、許されない。上に立つ者として、動揺を見せる訳にはいかない。例え私情であれ、自分を信じてついてきている者達を、不安にさせる様な事があってはならない。


「勿論出るよ。そう伝えておいて。」

 閉じた瞼の裏に、まだ舌っ足らずな声で、とうさま、とこちらを呼ぶ、無邪気な笑顔が浮かんだ。
 どうして行かない訳があろうか、あまりにも短い間ではあったけれど、彼女は自分の娘であったのだから。

「承知致しました。」


 執務室を去る足音が遠ざかってから、ソファーへと仰向けに倒れ込んだ。

 どれだけ泣きたくとも、涙はもう出てこない、最初に流し過ぎたのだろうか。それとも己の心が、やってきてすぐに旅立ってしまう短い命達に、麻痺してしまったのか。
 この後、暫く投げつけられるだろう堂々とした陰口達に対して、どうやって平静を装ってやろうなどと、己の保身ばかりを考えている。

「なんて薄情なんだろう。」

 ごめんね、こんな側についてもやれず、涙も流してやれない父親で。
 首を窓に向ければ、皮肉な程青い空から、柔らかい風が吹き込んでくる所だった。

 自分が泣けなくても、代わりにあの人は泣いているのかも知れない、いや、きっとそうなのだろう。今までも、ずっとそうだったから。

「ごめん。」

 ―――こんな奴が夫で。本当にごめん。

 

 起き上がってテラスへと出る。すぐ目の前に広がる高原とレンガ作りの家々、そして、その中腹に白く雲を纏う、青きルテチアの山々が見えた。

「あの向こうに…」

 今、一番会いたくて堪らない彼が、昔からいつも流されてしまった自分の感情をそっと探し出してくれていた、彼が居る。

 自分が、ただ一人己の涙を託せる人物が。

 

 また一緒に居てよ―――


 ―――ベントン








 

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