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やがて戦いは、少しずつワイリー達が押し始めた。
相手もパワーはあるものの、戦闘技術には劣る。力任せの攻撃は受け流し、少しずつ体力を削る様な持久戦に持ち込めば、有利になるのだ。
「くそっ!!」
後ろ手に縛られたリロイが歯噛みした。ついに最後の一人、体力自慢のウォリアーが膝をついたからだ。相手をしていたベントンが荒い呼吸を整えている間に、ワイリーとエメットが手際良く少年を取り押さえる。
(・・・さすがは聖騎士、というところだな。)
縄をかける際、エメットはウォリアーの体に打撲による痣は多いものの、深い切り傷がほとんど無い事に気付いた。あの状況下でも、ベントンは相手の命を奪わずに救ったのか。
「これで全員か?」
目を逸らしたり、逆に睨み付けている面々に問い掛けてはみるが、無論返事をする者は居ない。エメットは軽く息をついたが、それは疲労と安堵によるものだった。
「みたいだな。そんじゃ、とっとと引き渡そうぜ。あんまり長く居たい場所じゃねーし。」
ワイリーの言葉に頷いたエメットが、依頼主である騎士隊に知らせに向かった。勿論、スプロムの本部隊ではなく、このヤクトの入り口付近に駐留している者達に、である。シーフであるワイリーほどではないが、彼も足が速い。おそらく十数分あれば呼びに行けるだろう。
その上警戒心も洞察力も鋭い。普段の付き合いを思えば認めるのも悔しい気もするが、ワイリー自身、彼にかなりの信頼感を抱いているのも事実だ。
そこまで考えた時、ふと、ワイリーの心に重たい気分が圧し掛かってきた。
自分で思うのも情けない話だが、まだ14、5の少年にヤクトに行かせておいて、何の気遣いも無い彼らにはどうにも親近感が持てない。騎士隊を名乗るならば、自らが危険に足を踏み込むべきではないのか。他人を派遣すればよいと言う安直な賢さだけでは、民の命は守れない。
「ワイリー、何怖い顔してんだべ?」
「いや、別に・・・。」
(安全が確認出来なければ、ロウの加護が無い所には足を踏み入れない温室育ち、か。)
穢れ仕事など、何でも屋(クラン)に任せておけば良い。お前は、法を全うする事だけを考えていろ。
ワイリーの脳裏に、父の顔が浮かぶ。銀の鎧に、青いマントを翻していた頑固な父。相手にどんな事情があろうと、己の心情をどこか遠くに差し置いて、法を破った者を即牢獄へ送る”審判者”。
彼に反発し家を出て、連絡もしないまま半年以上も過ぎてしまった。
何も知らずに飛び出して、争い事に負け、傷だらけで泥の中に倒れていた耳に届いた、立ち止まる足音と、やや聞き取り辛い、かすれた低い声。混濁した意識の中で、懸命に看病してくれた多くの手。
今自分は、生まれてから長く共に過ごしてきた父よりも、まだ一年にも満たない付き合いの仲間達と、ずっと近い距離にいる。
母は元気だろうか
父は、勝手に居なくなった自分をどう思っているのだろう。
妹は・・・
柄にも無く静まり返ってしまった盗賊を見て、騎士が優しくその背を叩いた。
「ワイリー、もすエメットの事しんぺぇしてんナら、でぇじょぶだぁ。ごっつぃしっかりしてっカら。」
「あ、うん。まぁ・・・。」
上空で烏の乾いた羽音が響いた。静けさを取り戻した路地に、失われていた”気配”が戻って来る。
確かにヤクトの街は不気味だが、本当に恐ろしいのは町自体ではない。その内外で渦巻く者の思念を考えると、死んだ街の空気が、ひんやりと染み込んでくる様に思えた。
「良いのか?」
「何がだよ。」
ワイリーとベントンに、リロイが問うた。血走った目で、しきりと辺りを見回しているのは、何かを警戒しての事だろうか。
「仲間の人数減らすような真似をして・・・」
「おい、お前等何してんだ。」
リロイが言い終わるのを待たずに、向こうから声が飛んできた。
丁度その時、ただでさえ薄暗い街からサァッと光が消えた。雲が月を隠したのだ。
ふいに暗くなった為、声の主を視覚で捉える事が出来ない。
近寄ってきた足音は、リロイ達と自分の間に二人を挟む位置で立ち止まった。
隣で、カチャリと音がした。おそらくベントンが剣を構えたのだろう。自分の鼓動、その場にいる全ての者の息遣いが聞こえてくる。1つの感覚が奪われた今、別の五感が強く働いていた。
躯の中が空洞になり、冷たくなっていく。普段なら何とも思わぬ状況だが、此処では小さなミスも命取りだ。べとりと衣服が背に付く嫌な感触を感じながら、ワイリーは闇の中で敵がどの方向からかかってくるのかを模索していた。
だが、こちらの位置が分かっているという圧倒的に有利な立場にありながら、何故か相手は動かなかった。
再び雲から現れた月を背に立っていたのは
一人の闘士。
「うっわ…何だこいつ」
ワイリーが呻く。
目が闇に慣れた分その背後から指す月光が眩く感じられた。
歳はワイリーやエメットと同じくらいか。逆光で見辛いが見た目はその位だった。異常に思えたのは、その腕力だ。
己の肩程まである大剣を、片手で軽々と担いでいる。それを支える腕には、無駄の無くついた筋肉が盛り上がっていた。
(大剣を片手で・・・)
カドアンに来る道中で見かけた闘士達の事を、ベントンは思い出していた。
彼等は皆、ブレードを装備していた。本来拳技で攻める事を良しとする闘士にとって、大剣はむしろ動きの妨げとなる。熟練した戦士でさえ、片手で持つにはかなりの修練が必要な代物だ。
それをいとも簡単に、全く大義そうな様子も見せずに持ち上げているこの少年は、一体どれ程の力量なのだろう。暑くは無い筈であるのに、ベントンの頬を汗が伝っていく。
「チェルニークポっ!」
「おう。」
嬉しそうに叫ぶロルフに、闘士も笑顔で応える。
「で、お前等がやったのか?」
彼―――チェルニーと呼ばれた―――はワイリーの方に視線を移した。問い詰めている様な言葉の割に、険しい顔をしていない。どちらかと言えばポカンとした、軽い驚きを持った表情だ。
ロルフとのやり取りを見るに、おそらく彼らの仲間なのだろう。「そうだ」と答えたら、この闘士はどうするつもりなのだろうか。
だが、この状況で違うと言っても全く説得力が無い。それに、ワイリーは自分達の行為に嘘をつきたくはなかった。
だから、ただ無言で頷いた。
それを、妙に真剣な顔で見ていた闘士。
「じゃ、お前等を倒せばそいつらの縄は解けるんだな?」
いやチェルニー、とリロイが首を振る。
「こいつら、プリズンの騎士隊の回し者なんだ。牢獄行きは時間の問題だ。」
「何だと?」
闘士の顔が険しくなる。スチャッと大剣が鳴ったのは、手に力が入ったせいか。
「俺は強い奴が好きだ。だから、」
闘士はシーフとパラディンを真正面から睨み付けた。
「お前等がこいつらをのしたのに感心していた。で、俺は国家やらプリズンやら、やたらと正義を名乗る奴が大嫌いだ。そして、好きな奴と嫌いな奴が一致したら、俺はどうすると思う?」
ベントンは黙って相手の瞳を見つめ返している。
ワイリーは、肩を竦めた。
「答えは『叩きのめす』、か?」
闘士の顔に皮肉めいた笑みが浮かぶ。刹那―――
「のわっ!」
「ワいリー!危ねェッ!」
信じられない速さで大剣が降ってきた。
ベントンがワイリーを突き飛ばし、自らは地を転がって、その一撃をかわした。
闘士が、固い地面に深々と突き刺さった剣を抜く間に身を起こそうとした瞬間、
「はぁっ!!」
「・・・っ!」
それを目の端で捉えた相手が、気合と共に拳を前に突き出すと、触れてもいないのにベントンの体が後方に吹き飛んだ。
「ベントン!」
ワイリーが叫ぶ。少しばかり痛む体に鞭打って立ち上がったが、彼と闘士、その向こうの騎士との間には十歩以上の距離があった。
とっさに受け身をとって頭を庇ったものの、体を壁に強く打ち付けたベントンは、
「ぐっ・・・・・・!!」
その一瞬、呼吸が出来ず喘いだ。
一度、息を全て吐き出して呼吸を取り戻しはしたが、背を痛めたらしく、立とうとすると激痛が走る。
そこに闘士はつかつかと歩み寄ると、己よりも頭一つ分高い騎士の胸元を掴み、二、三度、鎧で守られていない腹に容赦無く蹴を加えた。
「がはっ!!」
「何だ、弱いな。」
急に戦意を無くしたのか、ベントンから手を離しす闘士。支えを無くした体は、重力に逆らう事無く崩れ落ちる。
彼はそのまま、先が埋まった得物の柄に手を掛けた。片手で簡単に引き抜かれ、再び肩に担がれる大剣。
鼻で笑った闘士の前では、先程の―――空刃斬で体の至る所を切り裂かれた騎士が、這いつくばりながらも剣を杖代わりに、必死で立とうとしている。激痛に震えるその体は、時節バランスを崩してガクリとよろめいていた。
「無様だな。」
「そうか?」
やや怒りの籠もった声に、眉を潜めて闘士が振り返ると、ワイリーがその横を過ぎ、ベントンに駆け寄っていった。
「おい、ベントン大丈夫か?しっかりしろ!」
自分よりも大きなベントンの肩を支えようとするその様子は隙だらけで、その気になれば二人同時にしとめる事も十分可能な筈だった。
だが、闘士は動けずにいる、戸惑いの表情を浮かべて。
「あのさ、お前・・・チェルニーって言ったっけ?」
苦しげな仲間の顔を見たまま、ワイリーが小さく話しだした。
「お前さ、曲がった事が嫌いなんだろ。それこそ、‘大’が五つか六つ付くくらいさ。だから、さっき真っ暗だった時に不意打ちをかけて来なかった。今だってそうだ。」
「・・・。」
「でもさ、お前ら皆、一本筋を通せているくせに目を覚ましていねーんだよ。そりゃ、生きていく為に悪い事して来たのは仕方ないかも知れない。ぶっちゃけ俺にも何が正義かなんて分からないしさ。・・・だけどな、こーゆー」
ワイリーはベントンから闘士の方へと、真直ぐに視線を移した。
「誰かを必死でかばって傷だらけになる様なお人好し行為、俺は格好悪いとは思わないぜ。」
丁度、ワイリーがその言葉を言い終えるか否かという時、エメットが戻って来るのが見えた。その後ろからは、鎧を纏っているらしき者が数名。
それに気付いていないのか、
「・・・。」
闘士は今だ無言でワイリーとベントンを見ている-----正確には、ワイリーと視線を合わせたまま、逸らせずにいる。
「チェルニーっ!」
闘士がハッとして、ロルフの方を見た。
「連中が来たクポ!今ならまだ間に合うクポ、モグ達の事は放っておいて逃げるクポ!」
「何を馬鹿な・・・」
「ああそうだ。馬鹿な俺達だから捕まるんだ、だから責任は自分達でとる。」
チェルニーの抗議を、制したのは、リロイ。少年ソルジャーは苦笑いを浮かべて言った。
「獅子に檻は似合わねぇよ・・・・・・免罪終わったら、迎えに来てくれよな。」
「リロイ・・・」
「ほら、湿気た顔しないでさっさといけ。」
チェルニーは唇を噛み締め、仲間に背を向けた。そのまま走り出すかと思われたが、
「二日後、ケリをつけに行ってやる。」
ワイリーの肩を引っ掴んでそう言い放ち、今度こそ本当に走り去っていった。
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後書き
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”ちまき”(TA)
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”劇団Iris”(A-2)
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・単発で投げたもの
”イラスト展示室”
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