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Flip,flip(2)

***** ***** ***** ***** *****






 ―――ムジカ・シェーンベルクは、その瞬間を目の当たりにした。

 


「これは、ここでいいか?」

 両腕にようやく抱えきれる程の、丸まった羊皮紙の束を抱えて、ワイリーが問うた。

「ええ、そちらにお願いします。」

 ムジカが、すみません、手の付け易そうな所からで構いませんので、と労えば、全く、こりゃ軽くダンジョンだぜ、と苦笑い気味の返事が返ってくる。

「あー、腰が痛ぇわ…お、これ、こないだ俺が見つけた石板じゃん。」


 後ろ越しに手をあて、背を反らせて伸びをしていたワイリーが見つけたのは、2週間ばかり前、仲間達と遺跡調査に潜り込んだ時に彼が探し当ててきた、茶色い小さな板状の、石碑の一部だ。
 遺跡調査の主体は、今もクラン活動の傍ら学問に打ち込んでいるムジカで、その調査はムジカの所属する学会から直接クラン宛に頼まれた仕事だった。
 古い遺跡等は、野戦と異なり魔獣の類が出る事は稀であるが、代わりに罠やしかけ扉が設けられている事が珍しくない。そこで、ムジカが壁の文字を解読し、ワイリーが仕掛けの解除に挑む、というタッグが、4泊5日程の調査の道中、自然と組まれていったのである。


 調査の最終日、特に新しい発見も無く、もう帰ろうかという諦めの空気がパーティー内に漂っていたその時、石室の片隅から、シーフの“呼び寄せ”の口笛が聞こえたのだ。
 その石板を受け取った時、自分が興奮のあまりどんな顔をしていたのか、ムジカには全く想像も出来ないが、あの時ワイリーが、右手に持った針金をちらつかせ、土だらけの得意そうな顔で言った言葉は、覚えている。



 まさか、“こいつ“でお前のそんな顔が見られるなんてな。シーフ始めて良かったぜ。



 そういう彼こそ、そんな顔を見せたのは初めて出会った時以来ではないだろうか。
 普段からよく笑う幼馴染の笑顔の中でも、今までで一、二を争う程の、特上の笑顔だった。



「で、どうだ?面白い事書いてあったか?」
「ワイリー、まだ2週間ですよ?解析にはまだまだ時間が必要です。」

 でも、興味深い事が色々書いてありました、と言えば、お?どんなんだ?とすぐに食いついてきた。

「ちょっと待って下さいね。」

 愛用の古い机の、やや滑りの悪い引き出しを開こうとガタガタさせていると、貸せよ、と横からワイリーの手が伸びてくる。一度引き出しを奥に戻してから、ガタンと上に持ち上げる様に引くと、それは今さっきのムジカの苦労が嘘の様にあっさりと開いた。

「流石はシーフですね、伊達に鍵開けの修業を積んでいないというか。」

 ムジカが目を丸くして、素直に感心していると、おめーが色々詰め込み過ぎて引き出しが歪んでるだけだよ、飽和状態だっての、馬鹿、と呆れ声が降ってくる。

「大体鍵だってねーだろこれ。使い難いのを無理に使ってないで修理したらどうなんだ。こういうの、エメットの野郎の得意分野だろうが。」
「エメットさん、いつも忙しそうですし何だか悪いですよ。ワイリー、貴方頼まれてくれませんか?」

 引き出しの中をガサガサやりながら、ムジカはやっと目的の羊皮紙を見つけたらしい。3枚ほど机上に取り出して、今度は閉めようとガタガタさせている。

「それ、暗に俺が暇そうだって言ってねーか。」

 再び、こうだっての、お前魔法とかうんちく以外の事てんで覚える気ねーだろ、とワイリーの手が伸びてきて、やはりすんなりと引き出しを閉じた。

「ああ、すみません…。いや、何というのでしょうか、少なくとも、エメットさんよりワイリーの方が、『自分の労い方』を知っている気がしたものですから。貴方なら、無理のない範囲で少しずつやってくれるでしょう?別に急ぎの用でもないですしね。」




 ―――ほら、あの人は体力使い果たすまで全部全部やろうとするタイプでしょう?傍から見ていても一杯一杯な感じですし―――



 羊皮紙を一枚一枚確認するムジカの横顔を見、次いでその目が湛える優しさを見て、やれやれ、とワイリーは腰に両手をあてて軽く息をついた。


「ちぇ、お前人を煽てておけば何とかなると思ってねーか?俺、寸法とかてきとーだから、余計に歪んで引き出しに入らなくなるかもしれねーぞ。」
「その時は、箱として使わせて頂きますよ。」
「引き出し取っちまうのか?空いたとこはどーすんだよ。」
「棚にします。」
「引き出し抜いたら底がねーだろ。」
「あ…」

 あ、じゃない、あ、じゃ。やっぱこいつ典型的な魔法使いだ。専門外はてんで駄目。
 心の中で突っ込んでから、ワイリーはムジカの取り出した羊皮紙に目を向ける。

「で、結局何が書いてあったんだよ。」
「大きく言えば空間と時間についての定義的なものです。時間の流れというのは“場のエネルギー”によって時に歪み、変化し、一定ではない。そしてそれは、空間の規模や形状によって生み出されるものなのです。この時代にこれ程の研究がなされていたとは正直驚きですが…」

 魔法学的な事になれば、ムジカの返事は早い。聞く側の眉間には一瞬、皺が刻まれる事が多いが。

「…は?」

 勿論、ワイリーも例外ではない。
 ワイリーの困惑した声に、ムジカはええと、と顎に手をあて、良い例えを模索した。

「時間は、一定の周期を持った波の様な物だと思って下さい。時間も波も、常に流れ動く事で初めて“存在”するものなのです。ストップの魔法は、その動きを鎮めてしまう事で、相手やその場の『時間』を一時的に不在にさせる事を可能にしたものです。でも、永遠に止めておく事は出来ない。何故だと思いますか?」

 ワイリーは唸りながらも、そりゃあお前、周りは動いているんだから動かなきゃ仕方ねーだろ、と自信無げに呟いた。

「それです。」
「え。マジかよ。」

 ワイリーは面食らった。相当当てずっぽうな事を言ったと思っていたのだが。

「水面を静かな状態にしておいても、風が吹けば波は立ちます。人が通っても、その振動で水面は動く。時間も同じ。自分以外の動くものがある限り、それに呼応して動き出すんです。永久的に時間を止めようと思ったら、この宇宙全体を止めるしか方法がない。」

 そんな事が出来るのは、神様くらいなものですしね、とムジカは話を続ける。

「そうして、周囲から個々の影響を受ける事で、時に早く、時に遅く、空間毎に形を変えて時間は流れる、それだけの話です。」
「それだけって…スケールのでかい事を簡単に言うよな、お前。」
「話が大き過ぎるからこそ、細かい所まで説明しようがなくて簡単になっちゃうんですよ。」
「ま、それは言えてっかもな。」

 ワイリーが笑うと、ムジカも笑った。



 呼応する。穏やかに、時が流れる。


「なぁ、それってさ。つまり世界が変われば時間の流れも変わるって事か?」
「…?ええ、『空間時差』は魔術師、特に召喚士や時魔導士の間では有名な話ですが…どうしました?急に。」
「いや、さ。前、違う世界からこっちに来ていた奴の話は知っているよな?」
「ええ。マーシュさん、でしたっけ?」

 ワイリーは頷く。

「あいつと俺らの時間の感覚、全く同じで、時計の回り方も一緒だったみたいなんだけどさ。もし、あいつの世界とこっちが時間の流れが違うんだったら、あいつもう俺が知ってるガキじゃねーかもな…って。」
「ウィル…」


 チチチチチッ
 二人が窓の外へ目を向けると、鳥が一羽、まだ覚束ない飛行で親鳥を追いかけていくのが見えた。


「これは、まだこれから調べる所なのですけれど…」

 ムジカが口を開いた。ワイリーが目を向ける。

「二つの異なる時間の流れの空間時差を揃えて、同じ時間軸を覗き干渉する方法が、どうやらこの石板には書かれているみたいなんです。一つの映像作品を早さの違う二つの映写機で流しながら、同じ一コマを捉える様に。」
「へぇ………え。」

 あまりにもムジカがさらっと語った為に、適当に相槌して流しかける所だったが、今この幻術士、とんでもない可能性について口にしなかっただろうか。

「…そんな事が、出来るのかよ。」
「あくまでまだ原理上可能、という話ですし、やるには膨大な魔力が必要ですけれどね。でも実際に異空間を行き来した話がある位ですから、不可能ではないと思います。ただ、これはどちらかといえば時魔法の研究分野で…私の専門外の知識が要求される事が多いのです。時間がかかりそう、と言ったのはそういう事なのですよ。」
「そっか。色々面倒臭いってこったな。まぁ、何か面白そうな事分かったら、」

 また教えてくれよ、とワイリーが言い切る前に、廊下奥、階段の下方から、ガタンッという落下音と共にみゅー!という悲鳴が聞こえた。


「今のは、ミハエルさん…?」
「なんだ、あいつ何かやったのか?」


 今日は、ムジカの部屋だけではなく、地下の倉庫でも大規模な掃除が行われている。といっても、掃除が必要なのは倉庫と、普段片付けないムジカの部屋くらいである為、クランの大半のメンバーはいつも通り仕事に出ている。今この建物に居るのは、ムジカ達の他には、リビングで「依頼者の接待役」と称し、実態は紅茶を飲んでいるだけであろうドメニコ、地下倉庫にエメットとミハエルだ。となれば、ミハエルが何かしでかしたという事だろう。


 それを証明するかの様に、地下から子供の泣き声が聞こえてくる。



 ―――やっぱり



 思わず顔を見合わせたワイリーとムジカには、ミハエルの見たエメットの顔がどんなものだったのか、己の目で見た様に分かってしまった。

「やっぱエメットに子供は無理だわ。俺、下の様子見てくる。後はドメニコにでも頼め。どうせ今日あたりは客来ても数知れてんだろ。」
「すみません、お願いしますね。」



 ワイリーを送り出した後、ムジカはこっそりため息をついた。

(ドメニコさんに頼んだらこれ全部、容赦なく捨てられちゃいそうです…)


 
 ―――はい、これ要らないよね?要るの?はい、じゃあ要る理由を手短に教えて?
 ―――これは?一年以内に使った?よし、使ってない、じゃあ要らないね。


 あの青年が要不要の手分けの鬼である事は、魔法学校時代に経験済みである。この場に踏み込んだドメニコがどんな事を言うか想像しながら、ムジカはワイリーが去った部屋を見渡した。片付けるべき物はまだまだ散乱している。どうしてここまで散らかったのか、散らかした本人ですら分からない状態だ。もはや、彼にしてみれば「部屋が勝手に散らかっていくのだ」と言った方が正しい。

 幻術士が途方に暮れて時計を見れば、もうそろそろ5時を示すところであった。


 












 ―――またか



 大きな本を抱えてしゃくり上げ、蹲るミハエルを尻目に、エメットは絞り上げた雑巾をパンパンっと広げ、予め中身を抜いた木製の棚を、苛々と、乱暴に拭き始めた。


 ―――もう放っておこう



 上の方の掃除をやると言い出したミハエルを止めずに任せた自分にも、十分気を付けろと言ったにも関わらず足を踏み外したミハエルにも、腹が立つ。
 幸い、ミハエルに怪我は無い様だったが、ほっとした瞬間、煮え立つ様に沸いて出てきた苛立ちと後悔から、エメットはミハエルを目の端で睨んでしまった。

「もういい、ドメニコとリビングに居ろ。」

 これでも、不器用なエメットにとっては、これ以上危ない目に遭わすまいという、精一杯の言葉だったのだが、双方にとって運の悪い事に、エメットの態度とこの一言が、幼いミハエルの涙の引き金となってしまったのである。一度こうなってしまうと、次に起こる事は大体予測出来てしまう。


 ―――やはり、こうなるか


 エメットはうんざりした気持ちで、階段を軽快に駆け下りてくる音を聞いていた。

「エメット、お前何回チビを泣かせりゃ気が済むんだよ。」

 返事の代わりに大きなため息をついて、エメットは一瞬だけ、仏頂面のまま、ちらりと声の方を向いた。腰に手をあててこちらを睨んでいるワイリーを、目の端で軽く睨み返して、すぐ何事も無かったかの様に無言のまま作業に戻っていく。
 本人が意識的にやっているのかはともかくとして、これは「今はそれ以上言うな」という、エメットの意思表示である事も、本当に自分に非が無いと思っていれば、彼は真っ直ぐこちらの目を見て話す男である事も、ワイリーは知っていた。

 要するに、とことん素直になれないのだ、この狩人は。自分と同年齢以下の相手であれば、尚。


「ったく、しょーもねー。」

 彼は肩を竦めて、横に蹲るミハエルの横にしゃがみ込んだ。

「……おい、ミハエル大丈夫か。何があった。」

 何も無かったかの様に、とはいえ、耳という器官だけは、どうやら知らぬふりを出来ぬものらしい。他に音が無ければ尚更だ。棚を拭きながらエメットは、今は無視を決め込んだ筈の、ワイリーと泣き混じりのミハエルの声を拾っていた。

「…おちたの。」
「落ちた!?どっからだ、そこの梯子からか。」
「うん、肩打った…」
「どれ、見せてみろ。」

 自分には無い、ワイリーの器用さ。手先のそれではワイリーに勝るとも劣らないエメットが、決して引き出せぬものを引き出していく、器用さ。
 こうして自分が不器用さを晒す時いつも、そのワイリーの器用さが、胸に閊えて流れていかない。そして、その消化方法を、エメットは知らずに居る。

「あー、ちょっと赤くなっているな。でもまぁ、これくらいなら大丈夫だろ。」
「うん、あのね…」
「何だ?」
「ぼく、エメットさんに気を付けろって言われてたの。でもね、足元見てなくて…ごめんなさい。」


 ―――謝られなかった方が、いっそ楽だったのだが。

 エメットの手が、止まる。振り返る前に言葉を選んでおこうと、口を開こうとしては、噤み、開こうとしては、噤みを繰り返すその横顔を見て、ワイリーは苦笑いを浮かべた。


「良い良い、大体、途中で受け止められなかった時点であいつも悪いんだから。」
「ちっ…余計な事…」

 舌打ちはすれど、反論しない辺り、エメットも認めているのだろう。ミハエルはワイリーの服を掴み、顔だけこちらを顧みた「クランのちょっと恐いお兄さん」の顔を、おどおど見つめていたが、

「次何かやらかしたら、倉庫を出て貰う。良いな。」

という言葉と共に投げ渡された、固く絞ったままの雑巾に、ようやく笑顔を取り戻し…かけた。



 非情にも、ミハエルがそれを受け取ろうと手を伸ばした瞬間、彼が抱えていた大きな本が、その足に落下してしまった。本は彼の足もとに、ボスッと乾いた音と香りを振りまいて、仰向けに広がる。重厚な表紙の上に、やや日焼けした、薄茶色のページの厚い層が見えた。

 ミハエルがきゅー、とも、うー、とも取れる様なか細い声を喉から上げるのと、ああしまった、とエメットが感じるのと、

「流石に今のは、俺もフォロー出来ねぇぞ、チビ。ああ、後そこの一面相も。」

ワイリーがポンポンっと、優しくミハエルの頭を叩いたのは、ほぼ同時。再び湧き出すかの様に思えたミハエルの涙は、小さな頷きと一緒に引っ込んだ様だ。

 だが。


「誰が一面相だ、誰が。」

 内心、そんなワイリーの的確なフォローに感謝しているものの、その彼に絡まれれば、やはり言い返さずには居られないのがエメットという男だ。冗談であっても放っておけぬ、良くも悪くも生真面目である。

「一面相だろうが。ずーっと同じ顔してやがる、見飽きたぜ。」

 そして相手を焚き付けた後に、油を注がずにいられる程、ワイリーもまた、大人ではない。仲間の間を取り持ってきたよく回る口は、時として余計な切り返しもする。

「俺もお前の猿みたいな顔はいい加減飽きてきたんだがな。」
「黙って聞いてりゃ、なんだこのやろっ!!」
「いつ、お前が、黙ったんだこの黙ら猿!!」

 胸倉を掴んできたワイリーの手を掴み返し、捻る上げるエメット。自分より歳も背も大きな少年二人の喧嘩に、ミハエルはそろそろと後ずさった。

「いって、やりやがったな!!!」




(…あ。)


 再びエメットに掴みかかっていくワイリーの足もとに、あの本。ミハエルは急いで、本を手元に引き寄せ―――








『ミハエル=リノ=ヴィクトール、汝の望みを我に念じよ』






(………っ!?)


―――そこにある筈のない名を、目にする事になる。


(ぼくの、望み…)


 ミハエルは、顔を上げ、喧嘩する二人を見た。彼にとっては、どちらも尊敬する、師匠であり、兄の様な存在。
 ミハエルは、二人の喧嘩を止めたかった。
 ミハエルは、二人の様に強くなりたかった。


 そして―――


 















「よし、じゃあこれ捨てるよ~。」
「ちょ、ちょっと待って下さい!中身見てから…」

 古い羊皮紙を嬉々として捨てようとするドメニコに、ムジカは待ったをかけた。
 おおよその予想通り、ドメニコのおかげで部屋は見違える様に綺麗になってきている。ムジカ曰く、いくつかの犠牲を払いながら。

「僕が見といた。内容は君が二年前発表した、サンダー系魔法のロジック云々についての論文。」

 今年新しく同じテーマで論文発表していたじゃない、要らないでしょ?とドメニコはムジカにそれを手渡し確認させた。

「今年の論文を纏める上で、元にした大事なものなんです!」
「でも新しいやつが完成版なんでしょ?」

 ドメニコは分からないな、と眉根を寄せた。

「研究の経過を知る上では…」
「……はい、ぽい!」

 それでも尚、理由を付けようとするムジカの手から、ドメニコは古い論文を引っ手繰って、ごみ箱に拳で奥まで突っ込んだ。ムジカの耳に、ボスッと羊皮紙の悲鳴が聞こえてくる。

「ああああ!」
「あああ!じゃない!元の元の元、全部とっておいたら部屋が部屋でなくなる!」

 ったく無駄は切り捨てないと、動くものも動かなくなるでしょ、と萎れ気味のムジカに、訥々とドメニコが説教しようとし出した時だ。






 おいミハエル!それから離れろ!!


 地下から、ワイリーの大声が聞こえた。


「ワイリー君?」
「…ドメニコさん、行きましょう。地下に何か出たかも知れません。」

 怪訝そうなドメニコの横で、ムジカはすっくと立ち上がった。ドメニコが、ムジカを見上げる。
 幼馴染の声の何が、彼をそうさせているのだろう、穏やかに微笑を浮かべているのが常のその顔が、今はいつになく険しい。




「ここ、そんな曰くつきの物件なの?いったっ!!」

 急ぎ部屋を出て行こうとしたムジカを追いかけようとして、手ぶらであった事に気付き戻ってきた彼にぶつかり、ドメニコは思い切り額を強打した。す、すみません、という声と、立てかけてあったらしい杖を取る気配。小走りで駆け下りていく音。



「もうっ…っ!あの石頭!!」

 あれだけの衝撃で、すぐに動けるムジカは余程頭が固いのだろう。少なくとも、こちらの骨が他より脆いという事は無い筈だ。…もしかしたら、コブが出来たかも知れない。
 涙でにじむ視界を取り戻したドメニコは、念の為に魔法の詠唱を開始して、自身も地下へと降りて行った。













 


「……っ!?」

 エメットを壁際に追い詰め、その頬を抓りあげようとしていたワイリーは、急に部屋が明るくなったのを、その背で感じ取った。

「離せ、猿!後ろだ、本が、っつ…!」

 負けじと反撃しようとしていたエメットの手がワイリーを突き放し、その瞳を覆っている。腕で目を庇いながら振り返ったワイリーは、その腕越しに彼が言わんとした事を知った。




 眩い光を放つ本、その光に包まれるミハエル―――




「おいミハエル!それから離れろ!!」

 ミハエルは茫然とした表情を浮かべたまま、光に飲まれていく。
 眩しさがどうこうだの、言っていられない。光の中、ワイリーは咄嗟に、ミハエルの肩を掴んだ。


 するとどうだろう、光はなんとワイリーの手まで飲み込み始めた。


「早く!!!」

 体が光に覆われるにつれ、足が宙に浮く様な、身体が今まで繋がっていた何かから切り離される様な、そんな感覚が押し寄せてきた。引き寄せようとしているのに、逆に吸い込まれていく、このままでは…



 ―――ウィル!!


 遠くから、自分を呼ぶ声が二つ聞こえた。と、同時に片手をしっかりと握られた―――





「ウィル!!」
「ウィル!!エメットさん!!!ミハエルさん!?」


 


 ―――ムジカ・シェーンベルクは、その瞬間を目の当たりにした。


 子供の形をした光を。
 その中に手を入れたワイリーが、それに飲まれ霞んでいく姿を。
 エメットが、その左腕を掴み、光に飲まれていく様を。

 今から何をしても間に合わない。そう思わせる速さで、光はどんどん仲間を飲み込んでいく。


 繋ぎ留めなければ。


 その時どうして、そう思ったのか、ムジカには分からない。それまでの知識によるものなのか、本能の警告だったのかすら判然としない。ただ、光に飲まれゆくエメットと視線が合った時、ムジカは無我夢中で持っていた杖の魔石を外し、エメットの方へと放ったのだ。


 彼の右手が、確かに魔石を掴んだ―――事を見て取った瞬間、エメットが青い光に包まれ、それすら見えぬ程の白い光が、更にその姿を覆い―――


「ムジカ!!みんなーっ!!!」

 ―――ドメニコの到着を待たずして、掻き消えた。一冊の本を、残して。







 立てかれられた梯子。途中まで整えられた本棚。そこに置きっぱなしの雑巾と、何故か絞られたままの形で落ちているもう一枚。


 けれど、さっきまでそこに居た三人の気配は、無い。どこにも、無い。


「なっ……」
「………。」

 立ち尽くすドメニコの横で、ムジカは膝から崩れ落ちた。ムジカの頭の、どこか冷静な部分が、先のエメットを一瞬包んだ青い光が、自分も包み込んでいる事、それがドメニコのマイティガードの魔法であったらしい事を、今更の様に分析していた。まるで、現状から目を逸らそうとするかの様に。


 魔石を失った杖が一つ、カランカランと床に転がって、そのまま小さく揺れていた。









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